血圧の謎
血圧の謎
数ある「医学的検査」の中でも最もポピュラーなのがこれではないかと思っています。
その気になれば家庭でも図ることができ、非侵襲的でかつ情報としての価値が高い。
ちなみに家庭で測ることのできるものを思いつくままざっと並べてみると
・尿蛋白
テストペーパーを買ってきて(これは薬剤師のいる薬局で買うことができます)尿に浸します。
蛋白、潜血、糖、モノによっては比重などを見ることができます。
あくまでスクリーニングのためのものですが、蛋白などが連続して出るようであれば医師に相談する必要があります。
・血糖値
これも薬局で買うことの出来る機械と測定用チップ、専用の針を購入して自己測定が可能です。
ただしよく言われていますが、意外と誤差が大きく、目安としてみるべきでしょう。
・血中酸素飽和度
これは少々高い機械(15000~30000円程度)を使って測りますが、極めて簡易に測定が可能です。
私の場合は交感神経系の機能的左右差を見るときに使用します。
あとは自律神経の運動核をチェックするため、ペンライトで対光反射を調べることもあります。
専門的なテストはまだありますが、今思いつくのはこんなところでしょうか。
さて血圧のお話ですが、大雑把には「大/小血管の硬化度」および「心臓に係る負担」を見て取ることができます。
まず収縮期血圧。
これは俗に「上の血圧」と言われており、心臓が収縮し、血液を押し出すときにかかる血圧のことです。
割と簡単に上下しやすく、また心臓直後にある血管、つまり大きな動脈系が十分に柔らかい時には低めに推移します。
逆に大きな血管が硬くなる(動脈硬化)を起こすとき、この数値は高いものとなります。
家庭測定では125mmg以下というのが推奨値となっています。
次に拡張期血圧。
これは「下の血圧」のことで、心臓が広がり、血管に対して負圧がかかるときの血圧値となっています。
こちらは収縮期血圧ほど変動が激しいわけではなく、比較的安定しています。
血管に対して負圧がかかるゆえに、末端の血管がある程度綺麗に動いていないと、その圧力を上昇させる必要が出てきます。
血圧計のマンシェット(腕に巻く部分)から空気を抜いていった時に音が聞こえなくなるポイントが最低血圧値なのですが、末端部分の血管が硬いと拍動によって押しこむ血液がすぐに詰まってしまいます(脈動効果の低下)。
そうなると高い値のまま音が聞こえなくなり、「下が高いね」と言われてしまいます。
ちなみに現在のガイドラインは上よりも下の血圧を重視しています。
脈圧と平均血圧が上記の上下数値にとって変わりつつあります。
脈圧というのは血圧の上下の差のことで、40以上60未満が好ましいとされています。
40未満だと心臓に負荷がかかり過ぎであると考えられ、60以上は動脈硬化が進んでいる可能性を示唆しています。
これは最高血圧に変わり指標とされることもあります。
平均血圧の求め方は以下のとおり。
(脈圧/3)+下の血圧
例えば135/85という人がいたとします。
脈圧50
これを3で割ると約17
85+17=102
となります。
現在はこれが90未満になるよう指導されますから「ちょっと気をつけてくださいね」となると思われます。
やはりこれも末端血管の健全度を示す指標となり得るもので、最低血圧と合わせてチェックが厳しくなっています。
時々お年を召された方の最低血圧が、ある時期を境に急に下るケースが有ります。
上も一緒に下がるのであれば文句ないのですが、下だけが下がるのは脈圧の拡大になりますので、大血管の硬化像がある可能性を考慮する必要があると言われています。
年齢とともに血管を構成するタンパク質の供給、この場合はエラスチンやコラーゲンといった構造蛋白の合成、が追いつかなくなるので、分子レベルで足りない分を補おうとし始めます。
架橋という現象ですが、これが過剰になるとどうしても血管の軟からさが減少します。
年をとったらタンパク質を食べろ。
この言葉は血管の柔軟性維持という観点から言うと正しいことになります。
肝臓や腎臓といった代謝系に問題がなければ、という但し書き付きですが。
さてうちにいらしていた方にやはり少し高めの血圧がネックになっている方がいらっしゃいました。
大体150/95前後をウロウロしている感じで、どうかすると165/110などという、ちょっと眉をひそめる数値になることもありました。
降圧剤は頑として使用せず、結構ハラハラしながら治良をしていました。
その方がある時期を境に120/75という、教科書のような数値になっていました。
たしかに少し痩せたな、とは思っていましたが、血圧までが改善するとは思いませんでした。
本人にそのことを問いただしてみると「まず呼吸法。一般に呼気が重要視されるが、自分の場合は吸気を重視し、呼気はただゆっくりと吐き切るようにした」とのこと。
仮にこれが血圧改善の決定的要因だったと仮定してみます。
通常血圧は血管の緊張度と密接な関係性を持っています。
血管の緊張は筋肉の緊張ですから、交感神経系の支配を受けています。
心身の状態は様々な変動となって、そのデータは脊髄あるいは脳幹に送られますが、この時交感神経細胞とシナプスが起きて、血管の緊張度が作り出されます。
この過程は上位中枢との複雑なやりとり、あるいは制御を受けて成立しますが、ここではもう少し簡単に考えてみます。
そして呼吸は自律神経系に直接影響をあたえることのできる、ほぼ唯一の随意運動であります。
ただ普通は副交感神経(=交感神経抑制)優位を誘導する呼気を中心に行うのですが、この方の場合は吸気を優先させたとのこと。
これは一体どのような理由があるのでしょうか。
まず短期間で血圧が下がり、かつ以来安定しているという事実があります。
これの意味するところは、少なくても血管の物理的な硬化像は持っていなかった、です。
血管が広範囲にわたって硬化している場合、それは血管構造蛋白の代謝問題とリンクしており、硬化が原因であるとするなら短期間に劇的な変化を見ることは事実上難しいからです。
つまり血管は比較的柔らかく動くポテンシャルは持っていたものの、それを上回る何かが血圧を押し上げていたわけです。
ではこの方の持っていた問題がどこにあるのか、仮説を立てて考えてみます。
この方はもともと最低血圧、つまり末端血管における血流がスムースではなかった、としてみましょう。
理由はいろいろありそうですが、おそらくは下腿筋ポンプが安定せず、静脈血の還流を心臓の負圧に頼る割合が大きかったと推測します。
であるとするならば、脈動効果の相殺が上の血圧も押し上げていたということになります。
なぜなら、血液の行く先が綺麗に流れてゆかない場合、大きな血管で起きた蠕動運動(うねるような動き)が末端に伝わらず、かえって反射波をつくって大血管の動きをとめることになります。
すなわちこれに抗って血液を流そうと、心臓はより大きな力で押し流すので、上の血圧も必然的に上昇することが考えられます。
しかしこれだけではやはり吸気優先が改善の鍵となったとは考えづらくなります。
彼は呼吸を行う際にもうひとつ変わったやり方を採用していました。
それは「逆式呼吸」と呼ばれるやり方です。
通常呼吸法は腹式呼吸法という、吸うときに腹をふくらませ、吐くときにヘコませる動きを取ります。
これは横隔膜のモーションに従ったもので、
吸気>腹部をふくらませ横隔膜を下げやすくして、肺が陰圧になるのを助ける。
呼気>腹部をしぼませて肺の反発力で出てゆく空気をさらに追い出すように動かす
というものです。
逆式呼吸法は吸気時に腹をへこませ、吐く時にお腹をふくらませます。
これによる効果は
・吸気時>横隔膜の下降に対して逆らうように腹部を絞るため、腹圧が上がる
・呼気時>横隔膜は肺の動きについて上昇したがるが、腹部は陰圧方向に動くためにその度合が助長される
ことによる、周辺臓器(つまりほとんどすべての内臓)の強制的な運動が考えられます。
内臓を作っている平滑筋は自律神経によって動かされますが、通常私達の意識に従うことはまれということになります。
それを強制的な圧変動に晒すことによって、内臓と関わる血管にも動きが強要されます。
まずこれが細かい血管の動きを促すと考えるのは、それほど無理の無い想像と言ってよいでしょう。
細かい血管が動き出せば、そしてそれが持続的に行われるならば、血管系全体に好ましい影響が出ても不思議ではありません。
また脊髄神経レベルに伝えられる内臓のデータは、当然血管の動きをも反映したものとなります。
血行が良好ならば、そこに今まで送っていた血圧を上げる信号を減らしてゆくのは生物としては順当な反応といえます。
また血圧を上げる要因として腎臓が作るホルモンであるレニンの増加があります。
レニンはアンギオテンシンという血管を緊張させるホルモンを活性型に変換するホルモンですが、これは糸球体に対する血流がそのスイッチになっています。
このケースのような血圧をあげざるをえないような大循環システムの問題は、結果的に腎臓のような重要臓器への血流も減少させます。
そしてそれがシグナルとなってレニン放出>>アンギオテンシン生成>>血管緊張の悪循環を作り出します。
腎動脈は腹大動脈から直接分岐しており、栄養血管と機能血管を兼ねたものとなっています。
それは腎臓を養い、かつ濾過が必要な血液を流すもので、大動脈にかかる圧力が腎臓への流入圧力を決定しています。
つまり必然的に上の血圧が上がればここも負担を被る結果となります。
流入圧の上昇は血管保護の反応からその血管の経をしぼる結果にもなりますが、絞られた血管系による流入量の減少は、本来なら上昇した圧力によって保たれるはずです。
しかし慢性的に経をしぼるために起きる脈動効果の低下は、流入圧が上がれば上がるほど総量の低下につながると予想されます。
つまり糸球体も腎臓本体も、より多くの血液を要求するためにレニンの放出を頻繁に行うことが予想されるわけです。
このケースにおいては腹部の血管運動強制が最初は小さな領域で浅く、そして徐々に深く広い範囲に広がっていったと考えると、動脈系にも強く影響していた可能性があります。
そしてそれは最初は小さな変化だったのでしょうが、脈動効果の敷衍度合いに従って、加速がついたかのように影響を広げていった。
これが今ケースにおける改善のメカニズムの説明になるのではないかと考えています。
念のため、この方法はすべての血圧問題に適用されるべきではないと考えてください。
あくまでその方が自分で見つけ出した、その方にあった方法論ということです。
したがって安易に真似するべきではないのは言うまでもありません。
私は単にケーススタディとして考えますが、私自身にも適用すべきかどうかはまだわからないと見ています。
現状比較的安定した状態ですが、将来的に参考にするケースかどうか、未だ考察中であることを付け加えておきます。
もちろん反論もあるでしょうし、不足している部分も多いと思われます。
皆様からのご意見をいただければ幸いです。