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痛みと慢性痛

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痛みと慢性痛

痛みを感じているご本人にとっては「どっちでも良いからはよ治せ!」というのが本当のところだと思います。
しかしながら施術するがわからするとこのふたつは全然違うものとして扱う必要があります。

痛みは本来「警告信号」としての役割を持っています。
損傷や明確な炎症、或いは生命の危機が迫るような身体状況におけるアラートというわけです。
他の徒手矯正や自分以外の施術者がどのようなスタンスなのかわたしには正確なところは分かりません。
なので「私の治良に限って」という前提ですが、この警告信号が必要のない状態に持って行くのにはあまり向いていません。
厳密にはそういう問題に対する効果もなくはないと思うのですが、専門家に任せたうえで補助的に施術するのが正しいとわたしは考えます。

対して慢性痛の多くは、損傷あるいは差し迫った危機から発せられる警告信号とは異なるメカニズムによって発症します。
少し前にも書いたのですが、この慢性痛にはポリモーダルセンサーという、未分化の受容器が関わっています。
痛みをすぐに伝え、中枢の判断を仰がなくて背景ない場合、Aδ線維という比較的太くて伝達が速い線維に接続されているセンサーが反応します。
これは高閾値受容器と言い、機械的な侵害刺激のみが適刺激であり、原則それ以外の刺激には応答しません。

ポリモーダルセンサーはC線維という細くて無髄(=伝達が遅い)の線維に接続されています。
これはポリ(多様な)モーダル(様式)と言うだけあって、様々な刺激に対して反応します。
未分化な(専門性が低い)センサーであり、感じるのはじくじくするようなすぐには解消しない痛みがそれに当たります。
この末端器官はまた各種化学物質(カプサイシン、ブラジキニン、プロスタグランジン、セロトニン 他etc.)の受容体を持ち、またこれらを放出しているので、慢性痛に特に関連が深い器官だと考えられています。
これを「軸索反射」と言います。
またこの器官の興奮が続くと、本来疼痛ではない刺激も「痛み」としてとらえるようになります。

こうして警告信号ではない痛みが起き、収束せずに続くものを「慢性痛(症)」といいます。

これが長引くほど、当たり前ですが体力は削られてゆきます。
結果起きる消耗がもたらすのは中枢感作という現象で、痛みを感じやすくなるサーキットの確立となります。

徒手矯正業においては慢性痛を扱うことの方が圧倒的に多く、またその適性が高いと言える技術体系となっています。
沢山の考察、理論が提出され、検討されていますが有名なところではトリガーポイント理論、最近では筋筋膜に関する考え方を良く耳にします。

「まあおまえの言いたいことは分かったけど、どうイメージすればいいのか教えろ」

ある先輩(治療師ではありません)からのリクエストですが、もっともなご意見ではあります。

筋膜層は場所によっては3層以上に配置されていて、よくみると周囲の血管にまで覆っています。
実際には各臓器/器官を密接、複雑につないでいると知ったのはずっと後になってからですが。

表皮の下は無数の結合組織に覆われ、ぱっとみだけではどこがどこと繋がっているのかはわかりません。
またそのフレーム構造は全体としてみると圧縮応力構造でもあり、一カ所で発生した応力がどのように伝達/分散されるか予想することは極めて困難です。
これに神経の応答や内臓の反射などまでを含めると、今の分析解析技術では結合組織全体の動きをとらえることは事実上不可能だと考えられます。

また骨実質も応力吸収/発散を行っていますが、ここも断面を拡大してみると穴だらけの、まるでエアインチョコレートのように見えます。
細かな骨梁が隙間無く内部を埋めているわけですが、これが全身、全臓器、全器官の周りにあって、構造的にも機能的にも複雑な関係を作っていると想像すると大体あたりだと思われます。

さて下手な説明ながらもお読み下さっている方達にも何となくイメージが出来た、と致しましょう。
表皮下から内臓実質まで結合組織の見当たらない部分はないのですが、これは当然神経や小血管の周りにもあり、構造的にも機能的にもそれらを支えています。

この複雑な圧縮応力構造の一部に負荷がかかったとしましょう。
これは言い換えると当該部位と機能的構造的につながりのあるエリアが(多くは一過性に)不安定さを増すと言うことになります。
通常或いは十分に健康と呼べるコンディションであれば、あっという間にフレーム全体に応力は分散され、必要なプロセスを経て安定状態へ回帰します。
しかし何らかの原因、この場合は応力の解消が出来ない状況、によって元に戻ることが出来なければ、一段レベルを落として安定状態を確保しようとします。
こういった反応の多くは組織の動きを制限して高エネルギー状態(動きすぎ)へ移行しないようになります。
つまり「適当な構造を硬くして」対応するわけです。
もちろんこの際には物理的な応答だけではなく、化学的、生物学的な応答も当然ありますが、話を簡素化するために一端おいておきます。

問題の多くはこの密(ミクロでみると疎)な構造の中にある毛細血管は、組織の可動性が失われるとすぐに内径の狭小を起こしてしまうことです。
何しろ血管自身にも結合組織は巻き付いていて、周囲が動かなくなると必然的に血管の動きも制限されてしまうからです。

しつこく書いてしまいますが、これは末端のセンサーの酸欠を招き、興奮→交感神経刺激→血管緊張→さらなる酸欠という悪循環を呼び込みます。
そして各種化学物質、特に発痛に関連した物質を放出しあげく自身で反応し、事態は一層ややこしくなってゆきます。

慢性痛の多くはこうしたセンサーの局所的な異常興奮や、異所性発火と呼ばれるミススパークによる問題によるとわたしは考えています。

わたしに出来るのは「緩めることだけ」で、分かるのは「緩んだか緩んでいないか」だけです。
緩むという現象がわたしの触るだけのアプローチで何故起きるのかは(あれこれ考えた末)やはり現在でも「不明」としか言い様がありません。
しかし鎮痛や可動制限の緩和を含む高効率安定状態への回帰は上記のようなプロセスを経ているのだろうと、今は考えています。

まとめると

・網の目のような構造が何らかの原因で動かなくなる
・周囲の血管が制限される
・センサーの酸欠
・興奮→さらなる酸欠
・持続的な痛み

となります。

I先輩、なんとなくイメージしていただけたでしょうか?
追加質問には焼酎一杯でお答え致します(笑)

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