気功について
気功について
うちの治良はとにかくこの「気功治療」と間違えられるのですが、ワタシ自身は気功の体系的な訓練を本格的に受けたことはありません。
ただ、ちょっとだけ教えていただいたことはありました。
またいくつかの本を読んだり、詳しい人たちの話を聞いたことはあります。
わたしが最初に習ったのは「プラーナ」というものでした。
インド哲学の影響から発した考え方、実践方法らしいのですが、正直に申し上げてよくわからないものでした。
わたしの先生(の一人)はこのプラーナの達人でしたが、弟子のわたしは凡人以下で、色々教えていただいたのに申し訳ないなと今になって反省しております。
それから色々チャレンジしましたが、はっきり言って今もよくわからないことの方が多い位なのです。
これは感覚の世界のことを理論で覚えようとした、いわば頑なさが最大の理由みたいです。
素直じゃないのは一番そんだ、と修業先の先輩に言われたことがありましたが、まったくもってその通りであると痛感しております。
現在の治良は気功を利用しようとしたものでないことは確かですが、結果的に似たようなアプローチになっているかも知れないなと思います。
ただし何かを正すために注入する力、という類のものではなく、カラダの動きをカラダの言い分に最大限沿わせていった結果、気らしきものがスムースに流れるのだろうと考えます。
(よく知らないので想像ですが)水を流して水路を正すのが気功の方法論であるとするならば、水路が本来あるように自ら整うように仕向けた結果、水がスムースに流れるようになったのが治良と言えるでしょう。
目的は同じ(?)でも手段が違う、のかも知れません。