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体で知り、心で感じ、頭で理解する

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体で知って、心で感じて、頭で理解する

湾岸ミッドナイトと言う漫画があります。
首都高速を非合法な、言ってしまえば非常に迷惑な速度で走ることに命がけの若者と、それを取り巻くチューナーと言われる改造車を作る人たちを描いています。

この作者が以前雑誌の取材で次のようなことを言っていたのが印象的でした。
「俺は走りそのものよりも、チューニングにのめり込む、壊れかけの人間像を描いてみたい」
正確にこう言ったか自信はありませんが、そんな内容だったと思います(間違っていたらごめんなさい)。

一つのこと、特に好きなことにのめり込んで社会性などを喪失する。
正しい生き方かどうかはわかりせんが、そんなふうに生きられるのならそれはきっと充実した人生と言えるのでしょう。

車を極限までチューニングして、金も時間も人生も果てしなく消耗させているとしか見えない登場人物達は、それでもあと1km/hをもとめてより上のレベルを目指します。
非合法できわめて危険、捕まれば間違いなく即時逮捕、新聞の社会面を飾るレベルです。
決して我が子や他人様には勧められません。

そんな他人に対して非推奨な生き方ですが、この漫画には職人としての生き方を教えてもらったりしました。
特に商売上手な板金コゾー(笑)と揶揄される、天才ボディ職人の高木。
彼はひたすら自分の体で感じたことを具現化しようともがきながら、いつの間にか経営者となり自分でボディを作らなくなります。
そんな彼が昔自分で作った最高のボディを持つ悪魔のZと呼ばれる初代フェアレディーZとドライバーの少年に出会って、自分や自分の生き方を取り戻してゆきます。

そんな彼は26巻で「体で知って、心で感じて、頭で理解する」とつぶやきます。
私の理解と作者の言いたいことは違っているかもしれませんが、すごーく大事なことだなと感銘を受けました。
25年前の私がこれをきちんと理解していたら、ずいぶん違った治良師人生を歩んでいただろうと想像します。

経験が無いので仕方ないねと自分を慰めるのですが、体で知ると言うことがどういうことなのか、その当時は全くわかっていませんでした。

まず理屈があるだろ!それをきちんと教えてくれよ!俺のわかるようにだぞ!

当時の私は傲慢にも常にそのように考えていました。
馬鹿も休み休み言えと言いたいですが、本当に馬鹿だったんだなと今にして思う次第です。

頭で理解することばかりしてきた人生で、初めてそれ以外の方法があるんだぞ、と親切に教えてくださっているにもかかわらず、自分の楽なやり方ばかり求めていたのですから、本当にどうしようもありません。

また心で感じるという、ごく当たり前のアプローチも無視。
自分の理屈で全てが解析できると思っていたあたり、過去に戻って殴ってやりたいと思うのは間違いでしょうか?

頭やそこに入っている知識で物事を定量化するのはそのあと。
勿論考えなければ外部に対して何も始まらないのですが、それは感じたこと自体の理由や説明のためであることがほとんどです。
考えるとは本来そのようなことなのです。

セラピストを目指す若い方だけではなく、これから自分の足で社会に出て行こうとしている方達へ。
まず物事を体や心で感じてみてください。
それはあなたにとって今すぐには理解できないことかもしれません。

そして「体や心で感じたことを優先する」ことは習っていないかもしれません。
その「真実」がいつもすぐにあなたに必要なものかどうかはわかりません。
そして感じたままに行動するのはいろいろな制約があってすぐには実行できないし、今すぐやる必要の無いことも多いでしょう。

しかし感じたという事実を無視してもいけません。
それは理屈、いや世界中が否定してもあなたの中で否定できない確固たる事実なのですから。

そして可能ならばその感じたことを反芻できれば、きっとそのことがあなたの人生を豊かにする準備の一過程となるはずです。

そしてそれをいずれ自分以外の人と共有できるようなものに育て上げてください。
それは言うほど簡単では無いでしょうし、そのようにできないものも数多くあります。
でも人に話したり共有できるようになった”あなたの中のもの”は、きっとすばらしい、喜ばれるものとなっているはずです。

そしてそれを達成すると言うことは、紛れもなく人生の喜びの一つとなります。

私は今そう“感じて”います。

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